4月2日、ビストロ エピキュリアン(木更津市)から臨む赤い橋の夕景を背に、畳み掛けるフォークソングカヴァーで幕を開けた星野裕矢のライブ。選曲の年代の幅の広さとレパートリーの多さに驚きつつ、自身のオリジナル曲でも伸びやかな歌声で多彩な顔をみせた。アコースティックギター1本での弾き語りライブであったが、その世界観と歌唱力を知るには十分だった。そしてこのたび、木更津に拠点を移したシンガーソングライター星野裕矢に、今の想いとこれからの活動について聞くことができた。
Q.木更津に移住したのはなぜ?
A.東京と北海道と2つの拠点を持っていて、月に何回も行き来してたんですが、コロナ禍で自由に行き来できなくなり、引払うことにして新しい住処を探してたんです。今までいろいろな所に住んだことがあって、東京、北海道、岩手、神奈川…どこでも住めるんです(笑)。
もともと海に憧れがあって、お台場や湘南などいろいろ見たんですが、ツアーで飛行機や新幹線に乗りやすいことを考えると、木更津がいいって話を聞いて。下見に来てすぐに決めちゃいました。車でドライブも楽しみたいし、1時間あれば山へも海へも行ける千葉県って面白いと思って。移住前も東京からレンタカーを借りて、親戚がいる鴨川や、九十九里浜などに遊びに来ていました。こっちに引っ越してきてから、木更津港の鳥居崎海浜公園がリニューアルしたりと楽しくなってきましたね。
旅人なんで、直感みたいなことが意外と正しかったりするんですよね。僕にとっての一番は生活というよりは、そこに居ていい音楽を作れる環境。
Q.木更津の印象は?
A.〝いい塩梅〟。程よく都会で、程よく田舎で、逃げ場があるのがいい。海や山がある一方でアウトレットがあったり。都会で美味しいものを高い値段で食べるよりも、本当の贅沢って、自分から現地に行ってその場所の美味しいものを食べることだと思うので。房総の竹岡式ラーメンも大好きだし、特に地魚が好きなので、そういうものが一番美味しいですね。
魚と海が好きなんで、水産大学出身だし。北里大学水産生物学科では、基本的に海の生物なら全部、魚や海藻とかも全部勉強したんですよ。本当は研究者か寿司屋になりたかった、魚に携わることをやりたかったんです。
Q.ミュージシャンになったのはなぜ?
A.よくある失恋とか…ですかね(笑)。20歳で音楽に目覚めちゃったんです。たまたま近くのゴミ置き場にギターが落ちてて、それを拾って弾き出したのが始めです。ちょっとやってみようかなって。
若い人たちに必要なものって“退屈”なんです。今って携帯があったり、ゲームがあったりしてしまうけど。若い人に“退屈”を与えると、イマジネーションと才能が目覚めるんです。何かやらないと狂ってしまうから、そうせざるを得ないんですよ。
Q.ギターが落ちていなかったら、ミュージシャンにならなかった?
A.偶然っていうか、用意されてたんですよ。父もアマチュアでギターを弾いてましたが、むしろ反発してやりませんでした。でもDNAとしては入ってるんでしょうね。
1人でずっと曲作りしたりするのが好きな体質も手伝って、ギターも1日16時間とか練習して、あっという間に弾けるようになりましたね。ギターも曲作りも誰にも習わずに、自分の中でちょっとずつ方程式を編み出していった感じですね。小さい頃から詩みたいなものは書いてたみたいですけど。言葉というものはここにあるもので書かないと。
下北沢に住んでた時に安全地帯のメンバーと出会って、曲を聴いてもらってジャッジしてもらってました。教えてもらうのではなくジャッジです。良い時は「これ最高じゃん!」、良くない時は「いいけどねー、もうちょっとあるよね」この2つしかない(笑)。
Q.曲作りは曲が先ですか、詩が先ですか?
A.両方出来ます! どの方向からも作れないとダメなんです。片方からというのは楽しみを半分味わってないんです。ミュージシャンにとって一番怖いのは曲が作れないことだと、若い頃によく「30歳過ぎたら作れなくなるぞ」と言われたんです。つまり、言いたいことがなくなってくるってことだと思うんですけど。自分の中からしか書けない「肉体型」の人は、どんどん苦しむかもしれないんですが、僕の場合は「観葉植物」にように、その場の空気中のエネルギーを光合成して取り込んで作っていくから、作れなくなるということはないんです。
歌詞とかは特別な題材じゃなくて、ありふれた素材をどの角度から見るか、アングルやライティング、設定とかで変わってくるもんですから。そうやって、コンスタントに作り出せるやり方を見出したんです。映画的かもしれませんね。取り込んでいくという方法で、この部屋でも音楽作れますよ。3日も4日も作ってたら腐っちゃいますから!(笑)
Q.リスペクトしているミュージシャンは?
A.いっぱいいます、死ぬほど。安全地帯のギタリストのお2人はじめ、フォーク世代の方は好きですね。伊勢正三さん、柳ジョージさん、大滝詠一さん、南佳孝さん…。
Q.普段はどんな音楽を聴いているのですか?
A.ジャズとか全然違う音楽を聴いてます。最近「なんとか節」とかにハマってて、東海林太郎先生とか(曲をかけながら、歌い始める…!)。これはもうフォーク世代超えて戦後です(笑)。朝ドラ「エール」でやっていた時代の代表的な歌手ですね。いろいろ研究はしてるんです。
まあ、もともとロック少年でしたら。ツェッペリン、ジミヘン、クラプトン、ダニー・ハサウェイ、B.Bキング…、70年代ロックが好きですね。あと、リズムを取り入れるために昔のファンクとかも聴いてます。70年代のディスコファンクとか好きですね。
そういった“打ち込みじゃないグルーヴ感”とか生かして、今度アルバムとか作りたいですね。
Q.音楽以外の趣味は?
A.東京にいた頃は喫茶店巡り、千葉では海辺のカフェ巡りなど。木更津に来て船舶免許を取ろうと思って受講中です(5月に合格されました!)。あと道具も一式揃えてソロキャンプ、車も好きなんでドライブも。でも毎日曲を作ってるんで、音楽が趣味みたいなもんです。暇さえあれば曲作りしてますからね。音楽以上に楽しいこともないですが、こんなに苦しいこともないです。こんなに楽しくて苦しくて、幸せで苦しいことはないです。
Q.かずさFMの番組「星野裕矢の土曜日はエモダン」の聴きどころは?
A.スタッフのメンバーはみんな20歳くらいの子達で、音楽など聴いているものも違うし。今の20代の感覚と、30代の僕とのミックスで、木更津を舞台に新しいことを実験しながら発信できたらと思っています。
具体的には木更津発信のバーチャルダンスグループを作ろうと思っていて、ラジオでヴォーカルとダンスメンバーを募集して、僕が作った曲の歌詞も募集して、最終的にはアバターがバーチャル空間でライブをする、というところを目指しています。コロナ禍の今だからこそ出来る可能性を。
Q.今後の活動とファンの皆さんへ
A.「あいつ次に何やるんだろう?」と僕の生き方も含めて楽しんでいただきたいと思っています。人生自体がどんどん音楽になっていくので、一番怖いのは変化しなくなった自分です。過去の自分の曲とかにも頼らず、どんどん新しいことを貪欲にやっていきたい。現在もライブをコンスタントにやっていますし、千葉でも沢山やりたいです。いろんな方に楽曲提供もしていきたいです、すでにいろいろ依頼がきてますけど。
いい音楽というか、ストレートに心に響く音楽を真剣にやっていきたいです。新しい出会いを楽しみにしています。
星野裕矢プロフィール
1987年1月17日生まれ、新潟県魚沼市出身。北里大学水産生物学科卒業。
2014年に安全地帯のギタリストである矢萩渉と武沢侑昂と共にバンド『EZO』を結成。
近年では元柳ジョージ&レイニーウッドのミッキーヤマモト、石井清登とも活動している。国民的アニメ『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』第四章「天命篇」エンディング主題歌「CRIMSON RED」歌唱。2022年 木更津市に移住。(公式HPより)
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